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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)3315号 判決

原告 国

代理人 梶山雅信 辻浩司 ほか二名

被告 丸五株式会社

主文

一  訴外丸五木材株式会社が昭和五六年七月二一日被告に対してなした金一億一六一一万三三六三円の弁済は、金六五〇四万五八〇〇円の範囲においてこれを取り消す。

二  被告は原告に対し、金六五〇四万五八〇〇円及びこれに対する昭和五九年五月二四日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被保全債権

(一) 訴外丸五木材株式会社(以下「丸五木材」と言う。)は、昭和五六年七月一〇日、訴外キツツバルブインターナシヨナル株式会社に対し、西宮市鳴尾浜二丁目五番所在の宅地八八五一・〇五平方メートル(以下「本件土地」と言う。)を代金四億二五六九万九〇八二円で売却した(右売買を、以下「本件売買」と言う。)。

(二) 丸五木材は、昭和五六年一一月二〇日臨時株主総会の決議により解散したことにより、その事業年度は、昭和五六年五月二一日から右解散(以下「本件解散」と言う。)の日である同年一一月二〇日までとなつた。

(三) そこで、丸五木材は、昭和五七年一月二〇日、尼崎税務署長に対し、昭和五六年五月二一日から同年一一月二〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税確定申告書を提出した。

その内容は、土地の譲渡代金四億二五六九万九〇八二円、取得原価五六六〇万二四一〇円、土地譲渡に直接又は間接に要した経費の額の総額四三八六万六八六七円、土地譲渡利益金額三億二五二二万九〇〇〇円、土地譲渡利益金額に対する法人税の額六五〇四万五八〇〇円とするものであつた。

(四) 以上の経緯により、原告の丸五木材に対する昭和五六年度法人税たる六五〇四万五八〇〇円の租税債権(以下「本件租税債権」と言う。)は、昭和五六年一一月二〇日に成立し、昭和五七年一月二〇日に確定したものである。

(五) 本件租税債権は、前記のとおり、後記2の詐害行為がなされた日(昭和五六年七月二一日)より後である昭和五六年一一月二〇日に成立したものであるが、その成立の基礎たる事実は以下に述べるとおり、右詐害行為のなされた日より前である同年七月一〇日に発生するに至つていたものであるから、右詐害行為取消しのための被保全債権たる適格を有するものというべきである。

すなわち、法人の当該事業年度の法人税の額は、法人税法二二条に言う各事業年度の所得に所定の税率を乗じて算出した額(以下「所得課税部分」と言う。)と、租税特別措置法六三条所定の短期所有土地等の譲渡利益金額に二〇パーセントの特別税率を乗じて算出した額(以下「土地重課部分」と言う)とを合算して算出することになつているところ、丸五木材は本件事業年度において法人税法二二条に言う所得はなかつたから、本件事業年度の法人税の所得課税部分は零であつたが、本件売買が租税特別措置法六三条に言う短期所有土地等の譲渡に当るところから、その土地重課部分は前記1の(二)記載の土地譲渡利益金額に二〇パーセントの特別税率を乗じて六五〇四万五八〇〇円と算出され、結局丸五木材の本件事業年度の法人税の額、すなわち、原告の丸五木材に対する本件租税債権の額は土地重課部分のみの六五〇四万五八〇〇円と算出されたものである。

そして、丸五木材は、本件売買により本件土地所有権を喪失した結果、本件土地売却代金のほか資産を有しなくなつたから、その後は本件事業年度中にさらに租税特別措置法六三条に言う短期所有土地等の譲渡をする可能性はなくなり、その結果、本件売買がなされた昭和五六年七月一〇日の時点においてすでに、本件租税債権成立の基礎たる事実が発生し、本件事業年度の終了とともに本件租税債権が成立することが高度の蓋然性をもつて見込まれる状態に至つていたものと言うべきである。

2  詐害行為

(一) 丸五木材は、昭和五六年七月二一日、被告に対し、一億一六一一万三三六三円の弁済(以下「本件弁済」と言う。)をした。

(二) 本件弁済当時、丸五木材には右金員の他に、後に成立することになる原告の本件租税債権を満足させることのできる財産はなかつた。

(三) 丸五木材(ちなみに、その代表者は被告の代表者でもある。)は、本件事業年度の終了とともに本件租税債権が成立することが高度の蓋然性をもつて見込まれること及び右(二)の事実を知りながら、被告と通謀し、本件租税債権を害する意思をもつて、被告に対し本件弁済をした。

3  よつて、原告は被告に対し、丸五木材に対する本件租税債権を徴収するため、国税通則法四二条、民法四二四条の規定により、本件租税債権額である六五〇四万五八〇〇円の範囲内において本件弁済の取消を求めるとともに、右六五〇四万五八〇〇円及びこれに対する弁済期の後である昭和五九年五月二四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否と被告の主張

1  請求原因1の(一)ないし(二)の事実は認めるが、同(四)、(五)の事実は争う。

2  同2の(一)、(二)の事実は認める。同2の(三)の事実中丸五木材の代表者は被告の代表者でもあることは認めるが、その余は否認する。

3  民法四二四条所定の詐害行為取消権により保全される債権者の債権(被保全債権)は、取消の対象たる詐害行為以前に成立したものであることを要するところ、原告の丸五木材に対する本件租税債権は本件弁済がなされた日(昭和五六年七月二一日)より後である昭和五六年一一月二〇日(本件事業年度の終了時)に成立したものであり、しかも、丸五木材が本件事業年度のその後の期間中において租税特別措置法六五条の八第一項の適用を受けて新しい土地を取得する可能性があつた以上、原告主張のように昭和五六年七月一〇日の時点においてすでに本件租税債権成立の基礎たる事実が発生するに至り本件事業年度の終了とともに本件租税債権が成立することが高度の蓋然性をもつて見込まれる状態に至つていたなどとはいえないから、本件租税債権をもつて本件弁済行為取消のための被保全権利とすることはできない。

4  本件弁済は、以下に述べる理由から、詐害行為とはならない。

(一) 丸五木材は、本件弁済当時被告から四億三九五四万四一三九円の債務を負担していたところ、経営状態の極めて悪かつた被告から厳重な支払いの催告を受けたため、止むなく被告に対し本件弁済をしたものであるから、丸五木材に詐害の意思はなかつた。

また、被告は、本件弁済当時経済的に逼迫しており、当座をしのぐために本件弁済を受けたものであるから、被告に詐害の意思はなかつた。

(二) 丸五木材及び被告は、以下に述べる事情から、本件弁済が原告の本件租税債権を害することはないものと信じていたもので、詐害の意思はなかつた。

(1) 被告は、昭和四八年一〇月三一日、本件土地を兵庫県から二億八一四六万四〇〇〇円で買い入れた。丸五木材は、昭和五二年一月二〇日被告から本件土地の引継ぎを受け、昭和五六年七月一〇日本件売買をなした。

被告と丸五木材とは、本件土地の買入価格につき圧縮記帳の適用を受けており、会計処理上土地の帳簿価格を減額しないで圧縮引当金として負債の部に掲げる両建ての経理処理を行つていたのであるが、被告も丸五木材も右買入価格に関する圧縮引当金については、その戻入益が会計上欠損の生じた場合に随時これに充当されてもよいものであると理解していた。そこで、会計帳簿上本件土地の取得価格が二億八一四六万四〇〇〇円とこれに対する利息金の合計として記帳されており、本件土地の売却による年度末における会計上の収益計算は本件土地の取得価格が右の価格(二億八一四六万四〇〇〇円とこれに対する利息金の合計)として計算されるところから、右圧縮引当金の戻入益は営業外利益として経理処理をし、また、本件土地の売却による租税特別措置法六三条一項の土地譲渡税額の計算上も本件土地の取得価格が二億八一四六万四〇〇〇円であると信じていた。そうすると、本件土地譲渡税額の計算上認められる右取得価格とこれに対する負債利子(年六%)及び管理費(年四%)の合計額は、四億九九五九万八五九八円となり、この金額は本件土地の前記売却価格四億二五六九万九〇八二円を越えているので、被告も丸五木材も、本件土地の売却による土地譲渡税は発生しないものと信じたのである。したがつて、被告と丸五木材には、本件租税債権を害する通謀も詐害意思もなかつた。

(2) 本件土地は、本件売買がなされるまで、登記簿上被告の所有名義のままになつており、このように被告から丸五木材に対する所有権移転登記が留保されていたのは、被告と丸五木材との間で暗黙のうちに被告が丸五木材に対して有する一切の債権を担保するための譲渡担保とすることが合意されていたからである。そこで、被告も丸五木材も、被告の丸五木材に対する債権については国税徴収法二四条六項に基づいて本件土地の売却に関する限り右譲渡担保権が本件租税債権に優先するものと信じていたのであつて、本件弁済につき詐害意思はなかつた。

三  抗弁

1  本件租税債権の債務者である丸五木材は、昭和五六年一一月二〇日解散したものであるところ、同五七年一月二五日清算結了の決議を行い、同月二九日その旨の登記を経由して、清算結了により消滅したから、これに伴い本件租税債権もまた消滅した。

2  詐害行為取消権の時効消滅

(一) 起算日昭和五六年一一月二六日

詐害行為取消権は債権者が取消の原因を知つた時から二年間これを行使しないと時効消滅するが、取消の原因を知るとは、詐害の客観的事実を知ればよく、債務者の詐害の意思まで知る必要はないというべきである。

ところで、本件においては被告の総務部長である訴外石谷勇(以下「石谷」という)外一名と税理士で被告の監査役でもある訴外小松通男(以下「小松」という。)とは、昭和五六年一一月二六日尼崎税務署を訪ね、応待に当つた野田勉統括徴収官(以下「野田」ともいう。)と古本忠顕総括上席調査官(以下「古本」ともいう。)に対し、丸五木材の担当者が税額の計算を知らなかつたこと及びその結果本件土地譲渡代金はすべて支払いにあてられ、丸五木材は資産が零の状態で既に解散しているため、税務申告をしても納税できないことを説明したのであるから、尼崎税務署の法人税に関する職員は当該詐害行為を知つた(ないしは、これを容易に知りうる客観的状況にあつた)と言うべきである。

よつて、原告の詐害行為取消権は、昭和五六年一一月二六日から二年を経過したことにより、時効により消滅した。

(二) 起算日昭和五七年一月二〇日

仮に(一)の主張は認められないとしても、小松は昭和五七年一月二〇日尼崎税務署長に対し、丸五木材の本件事業年度の法人税確定申告書を提出した。右確定申告書の内容と小松がすでに尼崎税務署の法人税担当職員に説明した事実を併せると尼崎税務署の法人税担当職員は詐害の事実を知つた(ないしは、これを容易に知りうる客観的状況にあつた)というべきである。

よつて、原告の詐害行為取消権は、昭和五七年一月二〇日から二年を経過したことにより、時効により消滅した。

(三) 起算日昭和五七年五月一〇日

仮に(一)、(二)の主張はいずれも認められないとしても、大阪国税局北川幹夫国税徴収官(以下「北川」ともいう。)が尼崎税務署からの報告と資料によつて税務調査を開始した昭和五七年五月一〇日には詐害行為成立の要件となる事実を知つたというべきであり、同日から二年を経過したから、原告の詐害行為取消権は時効により消滅した。

(四) 被告は、本訴において右(一)ないし(三)の消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否と主張

1  抗弁1の事実中、丸五木材が被告主張のとおり解散し、清算結了の決議を行い、その旨の登記を経由したことは認めるが、その余は争う。右清算結了の登記が経由されても清算事務のすべてが終了しない限り、丸五木材は清算の目的の範囲内において存続するから、右の登記が経由されたことにより丸五木材に対する本件租税債権が消滅することはない。

2  同2の(一)ないし(二)の主張は争う。

(一) 詐害行為取消権は債権者が取消の原因を知つた時から二年間取消権を行使しないと時効消滅するが、取消の原因を知るとは、詐害の客観的事実を知つただけでは足らず、債務者の詐害の意思をも知る必要があるというべきである。

(二) 被告主張の時点はいずれも、以下に述べるような段階であつて、いまだ原告が詐害の客観的事実と債務者の詐害の意思を知つたとはいえない。

すなわち、昭和五六年一一月二六日起算日については、申告もしていない段階の税務相談であるから、野田らは、一般論としてしか説明していないし、特に本件のような滞納額三〇〇〇万円超の事案については国税局が所管するとの内部規定があり、所轄税務署が担当しないことになつているため、本件土地売却代金の使途について詳しく聞くことも持参資料の提出を求めることもしておらず、丸五木材の担当者らに対して滞納処分調査の一般的な手続を説明し、国税局に移管する旨説明したにすぎない。また、仮に古本及び野田が売却代金の使途について説明を受けていたとしても、古本が属していた法人税部門の職員は、法人税の確定申告に係る相談や課税標準たる所得金額についてのみ検討するものであり、本件弁済行為が詐害行為に当るか否かなどの徴収に関する事項を検討することはないし、野田においても、弁済が原則として詐害行為にならないのであるから、単に本件弁済の事実を知つたことにより詐害行為を覚知したものとすることはできない。

次に、昭和五七年一月二〇日起算日については、本件事業年度の法人税確定申告書の提出があつただけの段階であり、右確定申告書の記載内容が正しいものか否かはその後の調査を待たなければ判明しない事柄であるから、右確定申告書の提出により直ちにその記載の事実を認識することはできないのみならず、仮にこれができたとしても、右事実のみをもつて丸五木材が被告と通謀のうえ後に成立することになる本件租税債権を害する意思で本件弁済をしたことを知りうる筈がないのである。

さらに、昭和五七年五月一〇日起算日については、尼崎税務署から本件滞納事案の引継ぎを受けた国税局徴収職員が本来徴収可能な財産がないかどうか財産調査をしていた段階であり、その際に丸五木材と被告の関係等を予備調査し、又、滞納処分に必要な申告書等の資料を見読していたとしても、丸五木材及び被告の関係者から事情聴取を行うまでは丸五木材及び被告の詐害の意思は知りえないのである。

(三) 大阪国税局徴収職員は、昭和五七年五月二一日、丸五木材の石谷らと面接し、丸五木材と被告との関係、丸五木材の現況及び本件土地売却代金の使途等について説明を受けた結果、丸五木材の被告に対する本件弁済が詐害行為ではないかとの疑いを持ち始め、同年六月七日丸五木材及び被告の帳簿等によりその事実を確認した。

したがつて、原告が丸五木材の被告に対する本件弁済が詐害行為であることを知つたのは早くとも昭和五七年六月七日としか言えないのであり、原告の本訴提起が昭和五九年五月一七日であるから、原告の詐害行為取消権は時効消滅していない。

第三証拠 <略>

理由

一  被保全権利

1  請求原因1の(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実によると、本件租税債権は、昭和五六年一一月二〇日に成立し、昭和五七年一月二〇日に確定したということができる。

2  法人税の当該事業年度の法人税の額は原告主張のように所得課税部分と土地重課部分とを合算して算出することになつているところ、<証拠略>によれば、丸五木材は本件事業年度において法人税法二二条に言う所得はなかつたから本件事業年度の法人税の所得課税部分は零であつたが、本件売買が租税特別措置法六三条に言う短期所有土地等の譲渡に当るところからその重課税部分は原告主張のとおり六五〇四万五八〇〇円と算出され、結局丸五木材の本件事業年度の法人税の額、すなわち、原告の丸五木材に対する本件租税債権の額は土地重課部分のみの六五〇四万五八〇〇円と算出されたものであること、丸五木材は昭和五六年七月一〇日本件土地を含むその所有資産全部を売却した結果本件土地売却代金のほかに資産を有しなくなり、本件事業年度のその後の期間中に他に租税特別措置法六三条に言う短期所有土地等の譲渡をする可能性は全くなくなつたことが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、右認定の事実及び前記1の事実によれば、本件売買がなされた昭和五六年七月一〇日の時点において、すでに、本件租税債権成立の基礎たる事実が発生し、本件事業年度の終了とともに本件租税債権が成立することが高度の蓋然性をもつて見込まれる状態に至つていたものというべきである。

なお、被告は、丸五木材が本件事業年度のその後の期間中において租税特別措置法六五条の八第一項の適用を受けて新しい土地を取得する可能性があつた以上右説示のようにいうことはできない旨主張するが(当事者の主張欄二の3)<証拠略>によれば、丸五木材は、赤字経営のため昭和五二年末以降事業を廃止し、その後は負債を整理の上会社を清算する方針のもとにその工場の敷地建物等である本件土地等の買手を探していたところ、ようやく訴外キツツバルブインターナシヨナル株式会社がその買手として登場したため、昭和五六年七月一〇日同社に対し本件土地等を売却したものであり、したがつて、その売却代金は負債整理に充てることを予定していたものであつて、これをもつて新しい土地を取得することは全く予定していなかつたものであることが認められ、右認定の事実によれば、被告主張のような可能性はなかつたものというべきであるから、被告の右主張は理由がない。

3  次に抗弁1につき検討するに、丸五木材が被告主張のとおり解散し、清算結了の決議を行い、その旨の登記を経由したことは当事者間に争いがないが、本件租税債権が清算されないまま残存している以上、清算を結了したとはいえず、丸五木材は右清算の目的の範囲内において存続しているものというべきであるから、丸五木材が右の経過により清算の登記を経由したことにより消滅し、これに伴い本件租税債権も消滅したとする被告の右抗弁は理由がない。

二  詐害行為

1  請求原因2の(一)、(二)の事実及び同2の(三)の事実中丸五木材の代表者が被告の代表者でもあることは当事者間に争いがない。

2  <証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、他に売却したその所有土地の買換えとして、昭和四八年一〇月三一日、兵庫県から本件土地を代金二億八一四六万四〇〇〇円で取得した際、本件土地の取得価額につき圧縮記帳の適用を受け、本件土地の帳簿価額を二億八一四六万四〇〇〇円、固定資産圧縮引当金を二億二四八六万一五九〇円と計上していた。

(二)  丸五木材は、昭和五二年一月二〇日被告の一部門から分離独立して設立された資本金三〇〇〇万円の被告の子会社で、その代表取締役及び役員の多くは被告の代表取締役及び役員がそれぞれ兼任していた(なお、被告は、遅くとも昭和五二年五月二〇日当時には丸五木材の全株式を所有するに至つている。)丸五木材は、その設立に際し、被告から本件土地を債務引受分を含めて代金五六六〇万円二四一〇円で譲り受けたものであるが、被告が本件土地の取得価額につき圧縮記帳の適用を受けて前記のとおり会計処理をしていたことから、右会計処理を引継ぎ本件土地の帳簿価額を二億八一四六万四〇〇〇円、固定資産圧縮引当金を二億二四八六万一五九〇円と計上しており、右固定資産圧縮引当金は本件事業年度の終了時に至るまで取りくずしていなかつた。

(三)  丸五木材は、原木高の製品安により設立当初から営業は振わず、昭和五二年末頃には廃業して、その製材工場を閉鎖するとともに従業員も全員退職させ、その後は右工場敷地等である本件土地等の資産を管理し、租税や借入金の金利等の支払いを続ける一方、負債整理のために右資産の売却先を探がすことになつたが、これらの事務は親会社である被告の整理担当者等に担当して貰うことにした。そして、丸五木材は、月額一〇〇ないし一五〇万円程度の右工場の賃料収入しかなかつたため、租税や借入金の金利等の支払資金は主として被告からの借入金に頼らざるを得ず、そのため、被告に対する負債は、漸次増大し、第五期事業年度の終了時(昭和五六年五月二〇日)において五億七五八一万一三四九円に達していた。そして、被告は、このことが原因で、その資金繰りが悪化し、その対策に苦慮していた。

(四)  丸五木材の前記資産の買手探しは当時被告の取締役であつた石谷らが主になつて進めていたが、ようやくキツツバルブインターナシヨナル株式会社が買主として登場し、同社との間に売買交渉がまとまつたため、丸五木材は、石谷らを通じて、昭和五六年七月一〇日同社に前記資産を代金七億八〇〇〇万円(内本件土地売却代金四億二五六九万九〇八二円)で売却し、同日受領した手付金一五六〇万円をもつて、前記のとおり資金繰りが悪化していた被告に対する負債を弁済し、同月二一日受領した残代金をもつてその他の債権者に対する負債の弁済及び被告に対する本件弁済をした。

(五)  本件弁済は、丸五木材及び被告の代表者から授権された石谷らにより実行されたものであるが、本件弁済当時石谷らは、本件土地を売却したことにより土地重課による法人税が課税されることは承知していたが、右法人税が成立するのは丸五木材の決算期である翌年五月二〇日であつて相当先のことであり、しかも、右法人税の額もオイルシヨツク後の高金利の負担等により本件土地売却代金から控除すべき経費の額が多額にのぼつていることからすれば大した額にはならないものと考えたため、前記のとおり資金繰りの悪化していた被告の急場をしのぐ必要に迫られるあまり、本件弁済により後に成立することになる右法人税債権を害することを知りながら、本件弁済を敢行するに至つた。なお、被告の税務面については、税理士である監査役の小松が担当していたから、仮に石谷において本件土地売却に伴う土地重課による法人税問題について右小松に相談していたとしたら、事業年度の終了とともに本件租税債権が発生するであろうことは容易に判明していたのである。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、被告は、丸五木材及び被告は本件土地売却に伴う法人税の土地重課部分はその主張の理由から発生しないものと信じていた旨主張するが(当事者の主張欄二の4の(二)の(1))、<証拠略>によるも右主張事実を認めるに足りない。

3  以上の事実からすると、被告と丸五木材とは親子会社という特別な関係にあつたことから、本件租税債権を害することを知りながら、これに優先して被告に弁済を受けさせることを通謀のうえ、本件弁済を敢行するに至つたことが明らかであり、当事者の主張欄二の4の(一)及び同(二)の(1)記載の被告の主張はいずれも理由がない。

また、被告は、本件土地は本件売買がなされるまで、登記簿上被告所有名義のままになつており、このように被告から丸五木材に対する所有権移転登記が留保されていたのは、被告と丸五木材との間で暗黙のうちに被告が丸五木材に対して有する一切の債権を担保するための譲渡担保とすることが合意されていたからであるとし、これを理由に、丸五木材及び被告は本件弁済につき詐害の意思はなかつた旨主張するが(当事者の主張欄二の4の(二)の(2))、右譲渡担保設定の事実についてはこれを認めるに足る証拠がないから、被告の右主張は理由がない。

以上の事実によれば、本件弁済は原告に対する関係で詐害行為となるものというべきである。

三  抗弁2について

1  民法四二六条によれば、詐害行為取消権は債権者が取消の原因を覚知した時から二年間これを行わない時は時効によつて消滅することになつているが、右にいう取消の原因を覚知した時とは、債務者のなした当該法律行為(ないし準法律行為、以下同じ。)が客観的に債権者を害する行為であること及び債務者が当該法律行為をなすに当たつてそのことを知つていたこと(なお、当該法律行為が弁済であるときは、一部の債権者と通謀のうえ害意をもつて弁済したこと)の二つを債権者が覚知した時をいうものと解すべきである。蓋し、債権者が詐害行為取消権を行使するにあたつては、前者の事実のほかに後者の事実をも主張立証しなければならないのであるから、債権者が前者の事実を知つているものの後者の事実を知らない時には、債権者に詐害行為取消権の行使を期待することが出来ないといわなければならず、したがつて、時効の進行も後者の事実をも知つた時から始まるとするのが妥当であるからである。

2  ところで、被告は、本件において原告が取消の原因を覚知した時期として、第一次的に昭和五六年一一月二六日を、第二次的に昭和五七年一月二〇日を、第三次的に昭和五七年五月一〇日をそれぞれ主張するので、以下右主張について検討する。

<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(一)  小松は、本件弁済がなされた後に、石谷らから本件売買及び本件弁済がなされたこと及び本件土地の売却により土地重課による法人税が課税されるにもかかわらず丸五木材には右法人税を支払うべき財産がなくなつてしまつたことを知つたため、急きよ、右法人税の納税問題について相談するため、昭和五六年一一月二六日石谷ら担当者を伴つて尼崎税務署に赴き、野田に右の問題について相談した。その際、小松は野田に対し、丸五木材はその不動産を売却して土地重課による法人税を五〇〇〇ないし六〇〇〇万円支払う必要が生じたが売却代金は銀行等に全部支払つてしまい、右法人税を支払うべき資産がないので、右法人税は申告しない処理にすることを何とか承認して欲しいというものであつた。これに対し、野田は、滞納額三〇〇〇万円超の事案については国税局が所管するとの内部規定があることから、小松らに対し、右相談にかかる事案は国税局の所管になつているから国税局へ引き継ぐことになる旨説明した他は、第二納税義務や詐害行為取消の問題について一般的な説明をし、右法人税については確定申告をしてもらわなければならない旨告げた。

(二)  その結果、丸五木材は前記(請求原因1の(三))のとおり昭和五七年一月二〇日尼崎税務署長に対し本件事業年度の法人税確定申告書を提出し、本件租税債権が確定したが、丸五木材は期限内にこれを納税しなかつたので、尼崎税務署は、同年二月丸五木材に対し督促状を発布するとともに、同年三月中旬頃右滞納事案を大阪国税局に引き継ぐこととして、その引継書、滞納処分票、確定申告書の写しを大阪国税局へ送付した。

(三)  大阪国税局においては、右滞納事案は、北川特別国税徴収官(以下「北川」と言う。)の担当となり、通常の手順にしたがい、まず自主納付の勧奨から進められることになつたが、これは所謂緊急事案ではなく単なる滞納事案であつたので、四月頃から手がけられ、登記簿謄本の請求等の基礎資料収集を経て自主納付の勧奨がなされたのは同年五月二一日のことであつた。

同日、北川は、被告及び丸五木材双方の担当者である石谷らを呼出し、丸五木材と被告との関連、丸五木材の現状と営業状況、本件土地の売却代金とその使途について説明を求め、右石谷らに対し、被告のほうで本件租税債権の支払いをしてほしい旨話した。そして、北川は、同年六月七日被告会社へ赴き帳簿等を調べ右説明を裏付ける資料を得た結果、初めて丸五木材及び被告が本件租税債権を害することを知りながら通謀のうえ本件弁済を敢行したものであることを知つた。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠略>部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実関係に基づいて本件詐害行為取消権の消滅時効の起算日を検討すると、まず被告の第一次的主張にかかる昭和五六年一一月二六日については、本件租税債権が確定する前のことであり、しかも本件租税債権が確定後滞納となつても、右事案は大阪国税局の所管であつて、尼崎税務署の所管ではなかつたから、野田は第二次納税義務や詐害行為取消の問題について一般的な説明をしたにすぎず(すなわち、野田は、当日丸五木材及び被告の詐害意思の調査のために積極的に取り組んだ訳ではない。)、また、小松及び石谷らが当日尼崎税務署を訪れた目的は丸五木材において法人税の確定申告をしないですむようにしてもらうことにあつたから同人らが野田に対し丸五木材及び被告の詐害意思の存在を疑わしめるような説明に及んだものとは考えられないから、当日野田において丸五木材及び被告が本件租税債権を害することを知りながら通謀のうえ本件弁済を敢行したものであることを知り、あるいは、これを知りうる客観的状況にあつたものとはとうてい認められない。よつて、昭和五六年一一月二六日においては、いまだ原告は本件弁済行為につき取消の原因を覚知したものとはいえない。

次に被告の第二次的主張にかかる昭和五七年一月二〇日については、丸五木材から尼崎税務署に対し本件事業年度の法人税確定申告書の提出があつただけの段階であるところ、<証拠略>によれば、この段階においては右確定申告書を受理した同税務署の担当者において主として右確定申告にかかる丸五木材の法人税額の計算の当否について調査をしたにすぎないもので、本件弁済が詐害行為に該当するか否かというようなことについてまで調査をした訳ではないことが認められ、右認定の事実に照らせば、当日同税務署の担当者において丸五木材及び被告が前記のとおり詐害の意思をもつて本件弁済を敢行したものであることを知り、あるいはこれを知りうる客観的状況にあつたものとは認められない。よつて、昭和五七年一月二〇日においても、いまだ原告は本件弁済行為につき取消の原因を覚知したものとはいえない。

さらに被告の第三次的主張にかかる昭和五七年五月一〇日については、本件租税債権の徴収を担当することになつた北川が丸五木材及び被告の担当者から事情聴取をする前の予備調査を行つていた段階であるところ、前記認定の事実によれば、当日北川において丸五木材及び被告が前記のとおり詐害の意思をもつて本件弁済を敢行したものであることを知り、あるいはこれを知りうる客観的状況にあつたものではないことが明らかである。よつて、昭和五七年五月一〇日においては、いまだ原告は本件弁済行為につき取消の原因を覚知したものとはいえない。

3  右2認定説示の事実によれば、原告が本件弁済行為につき取消の原因を覚知したのは昭和五七年六月七日であるというべきところ、原告が右の日から二年以内である昭和五九年五月一七日に本件詐害行為取消請求の訴えを提起したものであることは記録上明らかであるから、原告の詐害行為取消権が時効により消滅したとする被告の抗弁2は理由がない。

四  以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾政行 河村潤治 山本善彦)

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